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連載 吉井子の冒険

連載 吉井子の冒険 (13)

作:しみずせい (13) 政孝は屋上から中庭を見ていた。中庭にはいくつもの屋外作品が並んでいて、屋上からみると先ほどみた黒い板状のオブジェがよく見えた。 「そうか、あれだったんだね。吉井子。お父さんの影は。」と政孝は言った。 「そうよ。よくす…

連載 吉井子の冒険 (12)

作:しみずせい (12) 「そうそう...」最初あったときから吉井子の言動には驚かされていたのを思い出して、口元がすこし緩んだ。政孝は、いつか地下室を見てみたいなと思った。「整然と並んだレコードと地下室」と、政孝は美術館の中にある隔離された…

連載 吉井子の冒険 (11)

作:しみずせい (11) 「地下にはね、特別な展示物があるのよ。」と吉井子は言った。 「オーナーが特別に集めたのだけど、公開はしたくないっていうことで、常設展には置いてないの。だけど私は一度だけ見たことがあるの。おばあちゃんが連れてきてくれた…

連載 吉井子の冒険 (10)

作:しみずせい (10) 政孝は、白の美術館のカフェに吉井子と初めて来たときのことを思い出していた。昨年の9月9日のこと、吉井子から急に話しかけられた政孝は、顔を見ないで話し続ける吉井子をしばらく眺めてから、「あの、すみません。別の方と勘違…

連載 吉井子の冒険 (9)

作:しみずせい (9) 「お父さんって、芸術家なんだっけ...」と言ってふと黒い石の下を見ると、正方形の白御影石に作者の名前が書いてあるのが見えた。 ― MASAKO TANIGUCHI ― 「タニグチマサコ、これはね、おばあちゃんの名前。結構有名なのよ。」と吉…

連載 吉井子の冒険 (8)

作:しみずせい (8) 「どれかな。あの白いキューブのやつかな?」 「その右側だよ、草に隠れているけど」 政孝は、腰を浮かせて見てみると、低い黒の板状の物体が見えた。「見えた、見えた。あんなの前からあったかな?」 吉井子は、ブレンドコーヒーにミ…

連載 吉井子の冒険 (7)

作:しみずせい (7) 白の美術館は、もともとは大正から昭和にかけて活躍した実業家の私邸であったが、現在は現代美術館となっている。昭和初期に建てられたモダン建築で、白の外観や大胆なアールのかかった壁面が不思議に日本にマッチしている。政孝は、…

連載 吉井子の冒険 (6)

作:しみずせい (6) 二人は品川駅の改札を出てすぐに左に曲がって、高輪口へ向かった。政孝は、美術館に向かう道を歩きながら、吉井子と初めて会った時のことを考えていた。吉井子はいつも政孝の半歩先を歩いた。 「なんで付き合うようになったのだろう。…

連載 吉井子の冒険 (5)

作:しみずせい (5) 付き合ってから1ヶ月ほどしたころに吉井子が弟の麦くんを家に連れてきたことがあった。長身ですらりとした体型だが、少しのぞき込むような瞳にはまだ幼さが残っていた。それは、吉井子という典型的なお姉さんタイプの姉がいたからか…

連載 吉井子の冒険 (4)

作:しみずせい (4) 政孝が吉井子と同棲を始めると、友人たちは程度の差はあったがみんなびっくりしたようだった。そろそろ結婚なのかと言ってくる友人やかつての広告会社の同僚も少なからずいた。しかし、それまで息子の親にしてはかなり頻繁に女性関係…

連載 吉井子の冒険 (3)

作:しみずせい (3) 政孝は山梨の高校を卒業して、東京に出てきた。初めて一人暮らしを始めた中野に暮らして10年になる。大学を卒業し、大手の広告会社に勤めてから20歳半ばで独立した。顔立ちは目立つ方ではなかったが、まめな性格でけっこう女にはも…

連載 吉井子の冒険 (2)

作:しみずせい (2) 「じゃあ、あそこ行きたい、白の美術館」と吉井子は出し抜けに言った。 「長野に?白い美術館だっけ、昨日のニュースでやっていたやつ」 「違うよ。それは今度ね。今日は品川の美術館に行きたいの」と、吉井子はまっすぐに政孝の目を…

連載 吉井子の冒険 (1)

作:しみずせい (1) 「まさくん、旅にでようか」と起きたての寝ぐせのついた頭を書きながら吉井子はひとりごとをいった。吉井子はベッドから起きあがり、背中をちょっと丸めながら歩いて台所へ行き、コーヒー豆をいつものように使い古した手回しミルにい…