連載 吉井子の冒険 (2)
作:しみずせい (2)
「じゃあ、あそこ行きたい、白の美術館」と吉井子は出し抜けに言った。
「長野に?白い美術館だっけ、昨日のニュースでやっていたやつ」
「違うよ。それは今度ね。今日は品川の美術館に行きたいの」と、吉井子はまっすぐに政孝の目を見ながら言った。
「まあいいけどさ、いいのやっているかな?」
「じゃあ、決まりね」、吉井子は言うやいなや洗面所に行って念入りに化粧をして、白色のタンクトップを着て、年齢の割には短すぎるフレアのついた淡いピンクのスカートをはいた。大学生の頃から使っているお気に入りのカゴバッグを右手に抱えている。
政孝は、仕事の時もプライベートの時もジーンズに白いボタンダウンのシャツを着ていたし、自分でもそんなにおしゃれなほうではないと思っていた。吉井子が準備を終える頃には、いつでも準備万端だった。
黒のコンバースの靴を履きながら政孝は、頭の中に「ブン」と小さなテントウムシの羽音のような違和感を覚えた。なんだろう、昔あったような、あまりに静かな時に耳鳴りがするような、かすかな知らせがあるような気がした。