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連載 吉井子の冒険 (9)

作:しみずせい (9)

 

「お父さんって、芸術家なんだっけ...」と言ってふと黒い石の下を見ると、正方形の白御影石に作者の名前が書いてあるのが見えた。

 

― MASAKO TANIGUCHI ―

 

「タニグチマサコ、これはね、おばあちゃんの名前。結構有名なのよ。」と吉井子は言った。

 政孝は、少し腰を前に出しながら深呼吸をして、白の美術館の湾曲した壁を見つめた。そして、安心している自分に気づいた。吉井子の謎かけのような問いには慣れているつもりだったが、今回は黒い石の奥の冷たさが体の中に染み入るように、言葉が凍りついてうまく出てこなかった。何か、吉井子が違う世界の話をしているように感じたのだ。「おばあちゃんと、おとうさんか。」きっとあの掘りこまれた言葉にも、きっと血の通った関係の何かしらの意味があるのだろうと思った。

「今日は寒いね、もう、もどろうよ」と吉井子は言った。吉井子はカフェに戻るとまだ食べかけのアップルタルトを口にほうりこんだ。政孝は冷めてしまったブレンドコーヒーを飲んだ。吉井子はしきりに時計を気にしているようだった。

 

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